Mission

「狂言を楽しむ 徳讃会」

当法人のメインとなるコンテンツです。

大蔵流狂言の普及を目的として、狂言を「楽しむ」をコンセプトに企画しています。
多くの方にで楽しんで頂けるよう、狂言を上演する前に舞台上にてプロジェクターを用いた解説を行うなど、善竹能舞台ならではの、革新的な試みの下で2011(平成23)年に開始しました。
年に2回、春秋の開催で10回を超えました。(2016年9月現在)
また、2017年秋には、善竹能舞台の創設者、善竹玄三郎翁の七回忌にあたり、追善会を催す予定となっています。


第1回

一般社団法人高和会善竹能舞台 創立一周年記念公演

当法人の設立(2010年)一周年を記念して、第1回「狂言を楽しむ 徳讃会」を開催。
善竹徳一郎が、語「那須」を披いた(初演した)

第2回

新たな試みとして、2部構成として第1部と第2部を総入替え制としてみるも、大半の方は通し券を求められた。(あまり善竹能舞台にはその形態は向かないようであった。)
面は、狂言「伯母ヶ酒」に使った「不悪」面(善竹玄三郎の作)


第3回

上演される狂言「仏師」にちなんだ、「乙(おと)」という面をあしらっている。
この回の後、約1年の期間を掛けて善竹能舞台の耐震化工事を行うこととなり、秋の会はスキップしている。

第4回

この回では、面を用いる演目がなかったために、扇をあしらっている。
狂言「魚説経」は、客演に善竹忠亮氏を迎え、上演した。また前述の通り、耐震化工事を行ったことで、第3回より約1年の期間が空いている。

第5回

故善竹玄三郎三回忌追善会

客演に善竹忠亮氏、善竹大二郎氏を迎えた追善の会
善竹徳一郎が、極重習「釣狐」を披く。釣狐のために遠方よりお越し頂いた方も。
面は、善竹玄三郎翁が自らの「釣狐」の初演に際して打ったものである。
ハプニングが生じたこともあり、通常ではお目に掛けることのない、拙家にのみ伝わっていた口伝を披演することになった。

第6回

「善竹」改姓50周年記念

善竹高徳が、初舞台を踏む。
拙家の慣例として、狂言「以呂波」(太郎冠者)か狂言「業平餅」(稚児)にて初舞台のことが多いが、この年の7月に東京での善竹狂言会にて「靭猿」(小猿)を演じることが決まっており、まず、小猿にて初舞台を踏ませることとなった。小猿の面は玄三郎翁の手によるものである。

第7回

善竹改姓50周年記念。

解説には「善竹彌五郎」の研究者として第一人者の善竹忠亮氏に依頼。「善竹彌五郎翁の声」と題して、特に彌五郎翁の声にスポットを当てた。
チラシには少し趣向を変えて、彌五郎翁の「以呂波」の写真をあしらってみた。

第8回

善竹能舞台創立50周年記念

実は、善竹改姓から程なくして善竹能舞台は創立されている。
舞台の創立に際しては、善竹の始祖、彌五郎翁の意匠が随所にちりばめらている。
チラシの面は狂言「瓜盗人」に用いられる嘯吹面である。

第9回

善竹能舞台創立50周年記念公演

極重習とされている「花子」を善竹徳一郎が披く。
「花子」には花子専用の素袍(と扇)を用いるが、拙家では黒地に藤橋をあしらった素袍も特徴的である。「徳讃会」のロゴと「素袍」のデザインで侃々諤々の議論が行われた。

第10回

狂言「蚊相撲」に用いる「嘯吹(うそふき)」という面をあしらっている。
デング熱やジカ熱といった、蚊を媒介して広がる伝染病が流行しているという世相もあり、不謹慎ではないかとの指摘を受けるなど、狂言の上演も難しい時代となったと痛感した。


第11回

徳讃会では初めての小舞「七つに成子」を善竹高徳が舞った。
また、「見どころ」の解説では、初めてのワークショップの実施を試みた。

第12回

この回の狂言「神鳴」に用いた面をあしらっている。
チラシのデザインを一部変更し、違ったアプローチを試みてみた。
初の3演目出演を善竹徳一郎が行った。