Profile

善竹 長德

ぜんちくながのり

ZENCHIKU Naganori

本名 茂山 長德(しげやま ながのり)
役職など 能楽師大蔵流狂言方
重要無形文化財能楽[総合]保持者(平成3年認定)
一般社団法人高和会善竹能舞台 代表理事
学校法人 京都女子学園 理事
学校法人 京都女子学園 評議員
生年月

1947(昭和22)年生10月生まれ。

芸歴

善竹玄三郎の長男。祖父善竹彌五郎、父玄三郎及び、伯父初世善竹忠一郎(能楽養成会)に師事6歳にて「業平餅」稚児役で初舞台。
昭和42年「三番三」
昭和45年「千歳」
昭和47年「那須」
昭和50年「釣狐」
平成12年「花子」を披く。
(一社)日本能楽会、公益社団法人能楽協会正会員。高和会を主宰。

学歴 龍谷大学文学部文学科国文学専攻卒業。
その他 大阪府高槻市在住。

◇経歴

元 京都女子大学狂言部 顧問 及び 実技指導

元 京都女子大学能楽部観世会 顧問

元 京都女子大学能楽部宝生会 顧問

◇主な活動

高槻市「笑いのふるさと 狂言を樂しむ會」

兵庫県新温泉町「狂言を樂しむ會」

「子どもが楽しむ狂言会」 地蔵盆

公立高校、中学校狂言巡回公演

子どものための「狂言ワークショップ」

文化芸術による子供の育成事業(芸術家の派遣事業)

◇所属学会

龍谷大学国文学会

能楽学会

善竹 徳一郎

ぜんちく とくいちろう

ZENCHIKU Tokuichiro

本名 茂山 徳一郎(しげやま とくいちろう)
役職など 能楽師大蔵流狂言方
一般社団法人高和会善竹能舞台 理事
生年月

1975(昭和50)年生7月7日生まれ。

芸歴 善竹長徳の長男。祖父善竹玄三郎、父長德及び二世善竹忠一郎(能楽養成会)に師事。
1979(昭和54)年「業平餅」稚児役で初舞台。
2011(平成23)年、「那須」を披く。
2013(平成25)年、極重習「釣狐」を披く。
2015(平成27)年、極重習「花子」を披く。
公益社団法人能楽協会正会員。
趣味の大蔵流狂言「高和会」講師、子ども狂言「狂言塾」担任。
一般社団法人高和会善竹能舞台公式ウェブサイト管理人。
学歴 高槻市立清水小学校卒業
高槻市立第九中学校卒業
関西大学第一高等学校卒業
関西大学社会学部社会学科産業心理学専攻卒業
明治東洋医学院第2鍼灸学科卒業(はり師・きゅう師免許保持)
その他 大阪府高槻市在住。2009年12月に待望の男児が誕生し、2013年3月には第2子が誕生。二児の父。現在は親子3代が同居している。
Apple Macintoshを愛用。

◇主な活動

子ども狂言教室「狂言塾」主宰。

狂言講座講義コース担当。

文化芸術による子供の育成事業(芸術家の派遣事業)

◇関連資料

岡本てうわ:『駅前談話室 初舞台』,教育大阪,第339号,p25,1979.教育大阪

岩花京太朗:『ポートレイト』,医道の日本,第858号,p6,2015.医道の日本

◇SNS

一般社団法人高和会善竹能舞台Facebookページ

一般社団法人高和会善竹能舞台公式ツイッター

日本一チケットが手に入りにくい能舞台/善竹能舞台のブログ

善竹 高徳

ぜんちく たかのり

ZENCHIKU Takanori

 

本名 茂山 高徳(しげやま たかのり)
役職など 能楽師大蔵流狂言方
生年月日

非公開

芸歴 善竹徳一郎の長男。祖父善竹長德、父徳一郎に師事。
平成26年第6回「狂言を楽しむ 徳讃会」にて「靭猿」小猿役で初舞台を踏む。
学歴 非公開
その他 特記事項なし。

善竹 玄三郎

ぜんちく げんざぶろう

ZENCHIKU Genzaburo

 

本名 茂山 喜三(しげやま きぞう)
役職など 能楽師大蔵流狂言方
重要無形文化財能楽[総合]保持者
社団法人日本能楽会、公益社団法人能楽協会大阪支部所属。
一般社団法人高和会善竹能舞台 元 理事
生年月日

大正3年5月31日生まれ。

略歴 人間国宝故善竹彌五郎の三男として大阪市に生まれ、父に師事。

大正3年5月31日
  誕生
大正8年
  狂言「以呂波」のシテで初舞台
昭和10年
  日本大学大阪中学校卒業(旧制)
昭和26年
  「三番三」を披く。
昭和28年
  「釣狐」を披く。
昭和35年
  「花子」を披く。
昭和40年
  大阪府高槻市に善竹舞台を建設する。
昭和42年
  重要無形文化財能楽(総合指定)の保持者として認定を受ける。
昭和58年から昭和62年5月まで
  社団法人日本能楽会理事を務める。
昭和63年
  能楽の継承発展に尽力した功績により、勲五等双光旭日章を受賞。
  以後主宰する「高和会」を中心に、伝承者の養成に尽瘁する。
平成11年11月
  「蛸」のシテを最後に85歳にて舞台生活を引退。
平成22年5月30日
  一般社団法人高和会 善竹能舞台理事に就任。
平成23年(2011年)9月26日
  97歳にて天寿を全うする。
  曾孫の初舞台をとても楽しみにしていたが、老衰にて永眠。
  大往生であった。
  残念ながら、曾孫の初舞台を観ることは叶わなかった。

善竹彌五郎翁近影

善竹 彌五郎

ぜんちく やごろう

ZENCHIKU Yagoro

本名 茂山 久治(しげやま ひさはる)
役職など 能楽師大蔵流狂言方
生年月日

1883(明治16)年生10月4日生まれ。

不動産 なし。
財産 なし。
家伝のもの 書物、面、装束
主義 平凡ノ平凡ト質素倹約、「宅は、大蔵流狂言しか致しません。」(生前の言葉より)
好きなもの タバコ、上等ノ酒少量、菓子、煎茶
嫌いなもの
禁物 勝負事

略歴

1883(明治16)年

10月4日

京都市伏見区淀町に誕生、茂山久治と名乗る。

1888(明治21)年

5歳にて初舞台、靱猿の小猿を勤める。

1889(明治22)年

父忠三郎良豊とともに大阪より東京に移り住む。

1898(明治31)年

忠三郎とともに京都に移住する。

1923(大正12)年

阪神能楽会幹部となる。大阪に移住。

1927(昭和2)年

9月

大阪朝日会館能楽会を発起し、以後30年間継続に尽力する。

1928(昭和3)年

8月21日

父忠三郎良豊81歳にて死去する。

1931(昭和6)年

阪神能楽会副会長となり、以後4年勤める。

1934(昭和9)年

12月

阪神能楽会会長に推挙される。

1936(昭和11)年

6月5日

大蔵流芸事預かり金春流家元七十八世金春光太郎氏より「大蔵流芸事取締役」を申し渡される。

1941(昭和16)年

3月25日

金春宗家および大蔵流流儀総合意により、次男吉次郎を大蔵家の養嗣子(ようしし)とする。

4月

次男吉次郎二十四世大蔵流宗家大蔵彌太郎となるにあたり、金春宗家より芸事指導役および後見役を命じられる。

12月

金春宗家より大蔵流を通じ永年斯道に尽くした功績により、芸事名「彌五郎」と賜名され、以後茂山彌五郎と名乗る。

1944(昭和19)年

1月

十年の長きにわたる阪神能楽会会長を辞任する。

1950(昭和25)年

11月

文部省(現・文部科学省)無形文化財保存第1号に狂言の謡および小唄二十八曲を吹き込む。

1957(昭和32)年

12月4日

文部省(現・文部科学省)無形文化財保持者の認定を受ける。

1963(昭和38)年

10月4日

金春流宗家より大蔵家を通じ狂言の至芸と能楽会へ尽くした功績により「善竹(ぜんちく)」姓を賜り、以後善竹彌五郎と名乗る。

1964(昭和39)年

3月25日

重要無形文化財の技術保持者として人間国宝に指定される。

1965(昭和40)年

12月17日

永眠。享年82歳。

受賞履歴

1949(昭和24)年11月1日 「芸術賞」

大阪府教育委員会より功績により

1950(昭和25)年11月1日 「芸術特賞」

大阪市教育委員会より「右近左近」の演技

1952(昭和27)年12月8日 「芸術名誉特賞」

大阪市教育委員会より「通圓」「木六駄」の演技

1954(昭和29)年5月20日 「日本芸術院賞」

日本芸術院より「釣狐」の演技

1954(昭和29)年12月9日 「芸術名誉賞」

大阪市教育委員会より「那須語」の演技

1955(昭和30)年11月3日 「大阪市民文化賞」

大阪市長より功績に対し

1957(昭和32)年12月5日 「芸術名誉賞」

大阪市教育委員会より「茫々頭」の演技

1957(昭和32)年3月30日 「大阪府民劇場賞」

大阪府知事より「茫々頭」「千切木」の演技

1959(昭和34)年12月11日 「芸術特賞」

大阪市教育委員会より「蜘盗人」の演技

1960(昭和35)年12月12日 「芸術賞」

大阪市教育委員会「毘沙門」および催会の企画

1961(昭和36)年4月20日 「大阪府民劇場賞」

大阪府知事より「八尾」の演技

1962(昭和37)年11月10日 「大阪市民文化優賞」

大阪市長より「法師ヶ母」の演技

1962(昭和37)年11月29日 「大阪府民劇場賞」

大阪府知事より「木六駄」の演技

1964(昭和39)1月17日 「朝日文化賞」

朝日新聞社より「卓抜な演技力と能楽会への貢献」


参考資料 第二十四世宗家 大藏彌右衛門師著
     「重要無形文化財技術保持者指定 善竹彌五郎師 紹介」
     善竹彌五郎筆「草稿『我家之略記』(昭和十七年書カケ)」